ふくい龍馬伝

ふくいゆかりの幕末偉人

第16代藩主松平春嶽を中心に、明治維新と流れていく時代の激変の中で、影の立役者として活躍した福井藩。春嶽を中心として、財政・軍事・教育各方面にわたる藩政改革に取り組み、その一方で幕政改革にも参画するなど、国家にとって重要な役割を果たしてきました。

松平春嶽

松平春嶽

徳川家直系の松平春嶽は、天保14年(1843年)16歳で福井藩主となりました。当時の福井藩財政は火の車だったが、人材登用を手始めに、藩政改革を推進。藩医の橋本左内を重用し、また熊本からは横井小楠を招いて、三岡八郎(由利公正)に殖産興業を実践させるなどし、藩を再建させていきます。

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橋本左内

橋本左内

幼い頃より学問を好み、10歳のときには全65巻の『三国志』を通読し、15歳で「啓発録」著しました。大坂の適々斎塾で医学を修得した後、江戸では、西郷隆盛や横井小楠らと交流。松平春嶽に側近として登用され、福井藩藩政改革の中心として横井小楠を招き、様々な改革を行いました。

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由利公正

由利公正(二岡八郎)

橋本左内らと国事に奔走し、藩主松平春嶽から財政手腕を評されて抜擢され、藩札発行と専売制を結合した殖産興業政策で窮乏した藩財政を再建します。その手腕を坂本龍馬に買われ新政府への参画を求められ、徴士参与として金融財政政策を担当。五箇条の御誓文の起草にも参画します。

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横井小楠

横井小楠

文化6年(1809年)、肥後熊本(現在の熊本県)に熊本藩藩士の次男として生まれ、安政5年(1858年)福井藩主松平春嶽に招聘され、福井藩政治顧問となりました。藩校明道館で講義をしながら、開国通商と殖産興業による富国強兵策を提唱し、福井藩の藩政改革を指導します。

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