由利公正


福井藩士・三岡義知の長男として生まれ、福井藩を訪れた横井小楠の殖産興業策に触発され、
横井から財政学を学びました。
橋本左内らと国事に奔走し、藩主松平春嶽から財政手腕を評されて抜擢され、
藩札発行と専売制を結合した殖産興業政策で窮乏した藩財政を再建します。
その手腕を坂本龍馬に買われ新政府への参画を求められ、徴士参与として金融財政政策を担当。
五箇条の御誓文の起草にも参画します。
1871年に東京府知事に就任。
坂本龍馬とは大変気が合ったようで、二度目の福井来訪時、莨屋(たばこや)旅館にて夜ふけまで日本の将来を語り合ったと言われています。
由利公正ゆかりの地
由利公正宅跡
旅立ちの像(内堀公園)


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福井城内堀公園にある旅立ちの像は、1885年冬に横井小楠と由利公正が一緒に九州へ旅立つ姿を表現したものです。旅の目的は、長崎での物資販売ルートの開拓でした。
旅立ちの像
■住所/福井県福井市大手2丁目



