ふくい龍馬伝

橋本佐内

橋本左内
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橋本左内は、福井藩士の外科医、長綱(ながつな)の子として生まれました。
幼い頃より学問を好み、10歳のときには全65巻の『三国志』を通読し、15歳で「啓発録」を著し、
すでに自己を確立して志を立てて実行しました。
大坂の適々斎塾で医学を修得した後、江戸では、西郷隆盛や横井小楠らと交流。
越前・福井藩主の松平春嶽に側近として登用され、福井藩藩政改革の中心として横井小楠を招き、開国貿易・殖産興業・軍備強化などを目指した改革を行ないました。
将軍徳川家定の継嗣問題では、春嶽を助け、一橋慶喜擁立のため活動。
そのため安政の大獄で春嶽が処罰されると、共に謹慎処分を受け、安政6年(1859年)江戸で、
26歳という若さで斬首されました。

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橋本左内ゆかりの地
左内生家跡
左内生家跡
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この地で生まれ学問を志す

左内生誕地の跡には民家が建立されていますが、左内の産湯に使われたという産湯井戸跡とともに、「啓発録」の石碑が残されています。
「稚心を去る」「気を振う」「志を立てる」「学に勉める」「交友を択ぶ」

左内生家跡

■住所/福井県福井市春山2丁目


左内公園
左内公園
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市民の思いで後世に伝える

左内公園には、橋本左内と両親の墓があります。
左内の銅像は、昭和38年10月、市民の寄付により建立されました。
また、啓発録の碑もあり、左内が15歳のときに著した『啓発録』が記されています。
10月7日の命日には、左内公園で墓前祭が行われ、多くの市民が参列します。

左内公園

■住所/福井県福井市左内町


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橋本左内ゆかりのお土産
福井県護国神社社務所
大丈夫のお守り
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大丈夫のお守り

護国神社には、福井が生んだ秀才と称される橋本左内が祀られています。
大丈夫のお守りの由来は、左内の書箱のふた裏に「急流中底の柱 即ち是大丈夫の心」と自身で記され、学問に励まれたとのことから。
受験シーズンやお正月には、左内の聡明な智力にあやかろうと、大勢の受験生やそのご家族の参拝で賑わいます。

福井県護国神社社務所(web)

■住所/福井県福井市大宮2丁目13-8(藤島高校北側)
■お問合せ/TEL:0776-22-5872


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橋本左内ゆかりのお菓子
村中甘泉堂
香ばしもち 立志
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香ばしもち 立志

県産もち米100%で作られた香ばしいお餅で、ぎっしりとしたあんこを包んだ立志。
橋本左内の啓発録の中での「立志」にちなんで作られました。

村中甘泉堂(web)

■住所/福井県福井市中央1丁目21-24
■営業時間/9:00~19:00
■定休日/火曜日
■お問合せ/TEL:0776-22-4152


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