泰澄と白山禅定道

 今から1300年前、越前の僧・泰澄が開山したと伝えられている白山。福井・石川・岐阜をまたぐ白山は、湧き出る水が各地を潤し、それぞれの文化・産業の源になり、信仰の対象として人々から崇められていた。泰澄は、入山することが困難だった白山への登頂に成功し、以降、白山は修行の聖地となり、今に続く白山信仰や観音信仰の山となった。
 福井生まれの僧・泰澄が開山して今年で1300年。福井県内にある泰澄ゆかりの地を巡りながら、1300年のロマンを感じてみよう。

謎に包まれた僧・泰澄

 泰澄の伝記に『泰澄和尚伝記』がある。平安中期に天台宗の僧が口述し、大谷寺(越前町)の僧が筆記したというもので、金沢文庫本、大谷寺本、平泉寺本ほか何冊もの写本がある。しかし、正史に泰澄の名がないため、その存在は長く伝説の域を出ないとされてきた。
 ところが近年、伝承が多く残る越前町で、伝記中と同時代の宗教的な遺物が次々と発見され、泰澄のような人物がいた可能性が高まった。そうした人物をモデルに、天台宗の僧が布教のため白山信仰を取り込み象徴化したという見方がされ始め、また、存在をあえて謎のベールで隠したとする説も出ている。

白山禅定道と三馬場

白山への道は禅定道と呼ばれ、平安時代に福井・石川・岐阜、それぞれの入口に修験者の拠点となる馬場が開かれた。福井は越前馬場である平泉寺白山神社、石川は加賀馬場である白山比咩神社、岐阜は美濃馬場である長滝白山神社・長滝寺。中でも最も泰澄にゆかりの深い越前馬場の平泉寺は、巨大な勢力を誇り、中世の最盛期には、48社、36堂、6千の坊院があったという。