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玉江(福井市)
   
夏かりの 芦のかりねも哀れなり
玉江の月の明けがたの空
藤原俊成


夏の明け方の空に見える、夢見心地な玉江の月。

 夏の日中は猛暑といえども、その明け方頃は涼しくて、過ごしやすいもの。うっすらと明るくなってくる東の空と、かすかに見える月の姿を見ながら、快適な夏のひと時を過ごすのもいい。
「夏刈りの芦を敷いて旅寝するのもいいもの。玉江の空には残月がかかり、夏の短い夜はもう明け方になろうとしている……」。藤原俊成の歌だけでなく、当時の人達にとって福井の玉 江は、芦と月の名所として知られていたとか。本来、秋に刈るはずの芦の群れを夏に早刈りすることで周辺がすっきりし、風通 しも良くなったように感じたのだろうか。そして早刈りした芦を敷いて横になり、短い夏の夜を過ごす。いつの間にかウトウト眠ってしまい、ふと目覚めると夢の続きのようなおぼろげな残月が自分を見下ろしている……。そんな不思議で夢うつつな時間を持てるのも、夏の明け方だからこそ。
 夜から朝へ移り変わる微妙で曖昧なひと時。美しい月と玉 江の芦、そして昼とは正反対の涼しさを感じながら、気持ちいい時を過ごす。多分それは時代に関係なく、現在も同じような心地よさを感じることができるはずである。


人物紹介
藤原俊成 (一一一四〜一二〇四)
御子左家権中納言俊忠の三男。大治2年(1127)に従五位下に叙され美作守となり、以後加賀守、丹後守、左京大夫などを経て従三位に。しかし安元2年(1176)に病のため出家する。歌詠みは18歳の頃から開始。歌合では判者(作品の優劣を判定)も務め、和歌の指導者でもあった。『千載集』の編纂に携わるなど優艶なものから寂風の歌まで、幅広い歌風を詠んだ。家集『長秋詠藻』がある。

名所を巡る

玉江の位置は、江端川に玉江橋が架かっている現在の福井市花堂南部辺りと想定される。しかし以前、玉江の位置をめぐり住民間で話合いがもたれ、その結果、玉江橋より北方の狐川には玉江二の橋が設けられた。(福井市江端町)

玉江
玉江は歌枕で、芦と月の名所。その他にも「玉江こぐ芦かり小舟さしわけてたれをたれとか我はさだめん(後撰集)」などもある。(福井市江端町)