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色ヶ浜(敦賀市)
   
潮染むるますほの小貝拾ふとて
色の浜とは言ふにやあるらむ
西行


淡紅色の小貝の色に染められた魅力的な海。

 色ヶ浜というと、福井県内でも有数の景勝地、そして海水浴場として有名だ。だが「潮を染める淡紅色の小貝。この小貝を拾うことから、ここを色の浜と呼んだのだろうか」という意味の西行の歌を読んでいると、この浜辺が今よりも数段美しかったであろうことがうかがえる。
 砂浜に小さく埋もれているといわれる淡紅色の小貝。それがまるで白い砂に宝石がちりばめられているように美しい砂浜だったのだろう。西行はきっと海面 と砂浜の中の貝の輝きから、何ともいえない美しさを感じたに違いない。また淡紅色という微妙な色合いの小貝は、海の青さと相まった美観が、当時の歌人たちにとって、歌を詠む上で充分すぎるほどの素材だったことも西行に歌を詠ませた理由の一つだろう。
 しかし西行は果たしてますほの小貝を見つけることができたのだろうか。ただ、たとえ見つけられなくても、同世代の歌人と比べて情感が豊かだと評された西行のこと。目の前に広がる美しい色ヶ浜と小貝の話だけでもこの歌を詠むことができたかもしれない。
 現在、海水浴客で賑わうこの浜は、夏に限らず年中観光客が多い。それは穏やかな海の表情とどこまでも続く白い砂浜を見てリラックスできるからだろうか。でもその美しさを満喫しながらも、昔、誰もが拾ったますほの小貝を探しにやって来ている人がいるとも思いたいのである。


人物紹介
西行 (一一一八〜一一九〇)
23歳で出家。東山・嵯峨に住み、後に高野山へ。高野山での生活は40年にも及ぶが、その間、様ざまなところを旅していて、仁安2年(1167)には中国・四国に出かけている。治承4年(1180)に住居を伊勢へ移す。藤原定家ら若手歌人に百首歌の勧進も行い、生涯、花と月を愛して歌い続けた。『山家集』『聞書集』『西行上人集』などがあり、『千載集』には円位法師として18首入集している。

名所を巡る

敦賀湾に面したこの浜は水も美しいと評判で、砂の小島2つからなる水島を眺めることもできる。また西行の後、奥の細道で訪れた松尾芭蕉もこの地で「寂しさや須磨にかちたる浜の秋」「波の間や小貝にまじる萩の塵」など、いくつかの句を詠んでいる。ちなみにますほの小貝は、小指の爪ほどしかない小さなもの。(敦賀市色浜)

色ヶ浜の町並み
海岸周辺は民宿が多いが、県の民俗資料指定の「産小屋」も残る。(敦賀市色浜)