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日野山
   
ここにかくひのの杉むらうづむ雪
をしほの松にけふやまがへる
紫式部


温かく包み込むような優しさを山に感じる。

 越前富士として県内外の人達に親しまれている日野山。それは現代に限らず、紫式部が生きた時代にも同じことがいえる。「冬、日野の杉林に雪が降り積もりました。その様子は京都の小塩山の松に塩が降りかかったようにも感じます。京都の様子はどうですか」と、彼女が山を見て望郷の気持ちを歌ったように、この山にはどこか懐かしさと親しみが感じられてくる。
 10代の多感な時期に父に伴われて武生に来た彼女にとって、温かく包んでくれる母的存在が日野山だったのだろうか。現に日野山の麓に生活する人達にとってこの山は、神的存在であり、一緒に生きるという家族的存在だという。きっと彼女もゆったりとした雰囲気の日野山にいろんなものを見たのだろう。そしてホームシックになりながらも山に慰められ、過ごしていったはずだ。
 日野山で季節を感じ、母を見て、自分を振り返る。山とは人間が成長する上で、意外と重要な役割を担っているのかもしれない。


人物紹介
紫式部 (生没年不詳)
藤原為時の娘。幼少の頃から聡明で、読み書きにも優れていた。宮仕え中は藤式部とも呼ばれた。長徳2年(996)に父の越前赴任に同伴、同4年春まで武生で過ごし、単身帰京後に藤原宣孝と結婚。しかし長保3年(1001)に夫が死去、この頃に『源氏物語』を書き始めたといわれている。その後寛弘2年(1005)に中宮彰子に出仕、晩年まで宮仕えを続けた。『紫式部日記』『紫式部集』がある。

名所を巡る

日野山は泰澄が開いた越前五山のひとつ。標高794.8mで、家族向きの登山コースとして人気。(越前市、南越前町)