平泉寺と霧姫を繋ぎ、女性の記憶の謎に迫る。 勝山市平泉寺に住む刀剣の研ぎ師、武部の前に現れた記憶喪失の女性。彼女を助け、徐々に記憶を戻す間、頻繁に登場するのが15世紀末頃に起こった一向一揆で激しく戦う民衆の様子である。そして、平泉寺や谷地区を舞台に、数多く農民が死傷していく中、彼らを励まし温かな母性で包んだのが伝説の霧姫だ。 霧姫になぞらえ歴史を感じながら女性=桐子が記憶を取り戻していく様子は、まるで歴史の真相を解き明かしていくようで、ミステリーとも思わせる。また、昔とほぼ変わらない平泉寺周辺の自然の豊かな描写 にも、何かしら懐かしさを感じてくる。 歴史上の惨劇を伝える意味では、古い建造物は見るだけでも感じ入るものがある。しかし一方で、それらを代々語り伝え、作品にも登場する風土を大切にする人々の暮らしぶりも、歴史を物語る上で大切な要素といえるはずだ。 |  さまよう霧の恋歌 (上)(下) (新潮社・1991年発行) 中日新聞連載作品(1989年7月から約1年)。記憶喪失の女性が平泉寺の刀鍛冶、武部に保護され、近所に住む年輩女性との手厚い対応により記憶をとり戻していくというストーリー。そして同時に一向一揆で悲惨な死を遂げた伝説の霧姫の話も、彼女の記憶に交錯しながら解明されていく。一揆の歴史と女性の秘められた記憶を同時に探る物語。 |  高橋 治 (たかはし・おさむ) 昭和4年(1929)千葉市生まれ。東京大学文学部国文学科卒業後、松竹に入社、昭和34年より監督作品を発表、戯曲も執筆するようになる。本格的な作家活動は松竹退社後(昭和40年)で、昭和59年に『秘伝』で直木賞、昭和63年『別 れてのちの恋歌』『名もなき道を』で第一回柴田錬三郎賞を受賞。この他に『派兵』『くさぐさの花』『絢爛たる影絵』『花ものがたり』がある。 | | |