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福井藩家臣筆頭の本多氏の治めた町、府中。 長い歴史に彩られた様々な遺跡を訪ねて。
其の二 府中宿〜浅水宿(1)
   


用水が街道の真ん中を走る町、府中。

 ”府中“という地名は、そこに律令制の国府が置かれていたことを示すとされ、国分寺や総社大神宮などがあるのはその証拠といわれている。今の武生市は昔、この”府中“と呼ばれていたところにあり、それゆえ古来より越前の政治、経済の中心地として栄えてきたと考えられている。江戸時代には福井藩の政庁が福井にできて武生の重要性が薄れたが、家臣筆頭である本多氏が治めたことでも分かるように、越前の要地であることには変わりがなかった。
 ところで、宿場としての府中であるが、安永3年(1774)には2230戸の家があったといわれている。街道は町を南北に走っており、大まかにいうと街道の東側に府中城と侍屋敷、西側に寺社、街道沿いに町屋がならんでいたようである。宿場町というより完全な城下町という感じであったようだ。当時は宿場を南北に用水が流れていて、防火、除雪、飲用など多目的に利用されていた。用水の両側には松並木が並び、府中の名物となっていたが、現在は残念なことに用水は暗渠となり、松はすべて切りとられてしまっている。
 街道沿いには20数軒の宿屋が並び、遊女もいるなどかなり賑わっていた。特産の打刃物を作る鍛冶屋やそれを扱う商家も多く、今は越前市若竹町に当時の名残を伝える刃物問屋が数軒残っている。このような町屋の中心地(現在の蓬莱町、天王町、元町の交差点付近)には『札の辻』と呼ばれる、禁制札を公示する広小路があり、町用水に沿って立っていた。

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名所を巡る
総社大神宮
越前国内の諸神を一カ所に勧請してあり、国司はここで祭祀を行った。現在の総社大神宮は前田利家の府中築城の際に今の場所に移されたといわれる。(越前市京町)

府中城址
越前市役所正面玄関にある「越府城址」と書かれた石碑。江戸時代にはこの場所に福井藩家臣筆頭の本多氏の館があった。(越前市府中)

札の辻跡
このあたりは府中宿の中心にあたり、禁令や犯罪人の罪状を書いた高札を掲げる「札の辻」があった。(武生市蓬莱町)

本保陣屋
幕府の直轄地を統轄していた陣屋の跡。支配地は約6万石。武生中心部より約2.5kmの地点にある。(武生市本保町)