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越前最北の宿場町である細呂木に 江戸時代の宿場の面影を追って。
其の三 福井城下〜細呂木宿(1)
   


半木半石の奇橋として有名だった九十九橋。

 福井藩は徳川家康の次男、結城秀康が68万石で封じられて以来始まる藩だ。2度の改易で石高は減り、結局幕末には32万石になってしまうが、江戸時代を通 じて親藩随一の格式を誇った。この福井藩の居城は福井城だ。今は本丸跡に福井県庁が建ち、石垣や堀が残るのみだが、秀康が築城した時には壮大な天守閣も建つ相当大きな城であった。
 北陸街道はこの福井城の城下町を上口の惣木戸(現在の月見2丁目あたり)から北上し、九十九橋を渡って呉服町、松本町を通 って下口の加賀口御門から城下を抜けていた。特に呉服町あたりは町屋の中心地として栄えたようで、店が軒をつらねていたらしい。城下町の人口は幕末で3万3千〜4千人がいたらしく、大藩にふさわしい城下町であったといえる。
 ところで、福井城下には江戸時代、日本全国に奇橋として鳴り響いていた名橋があった。九十九橋である。天正年間に柴田勝家が北半分に木材、南半分は石材という半木半石の橋を架けたといわれ、『和漢三才図会』や『東遊記』などにも描かれる相当有名な橋だった。また、橋の北詰照手御門の脇に藩からの禁令を知らせる高札場があったり、福井城下を中心とした各地への里程はここを起点としているなど、政治的にも重要な橋であった。だが、この半木半石の橋は明治42年(1909)に木造トラスの橋へと変わり、奇橋はその姿を消した。

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名所を巡る
福井城跡
福井県庁敷地内にある福井城の本丸跡。この城は慶長6年(1601)から結城秀康が築城を始めたもので、寛文9年(1669)に大火で消失するまでは天守閣もあったという。(福井市大手町) 〈地図P133〉

芝原上水跡
この上水は九頭竜川の一水脈を城下に引水した上水道で、取水口が芝原(松岡町)にある。国際交流会館の前には芝原上水のレリーフがある。(福井市宝永)

加賀口御門跡
こ福井城下の北の出口にあった門の跡。北陸街道はここを通 って北へと向かっていた。(福井市松本)

九十九橋
(上)写真(福井市立郷土歴史博物館蔵)は幕末から明治維新の頃と思われる九十九橋。北詰には高札場があり、福井藩は北陸街道を往来する人々にここで法令の徹底をはかった。(下)現在の橋。ちなみに博物館の敷地には当時の橋脚が残っている。(福井市中央、つくも・照手)