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若狭街道を通って海産物は京へと運ばれた。
若狭街道とは別名を九里半街道といい、小浜から熊川、大杉(若狭町上中)を経て近江国に入り、琵琶湖岸の今津に至る道のことだ。ただし、小浜から日笠(若狭町上中)までは丹後街道と重なっており、この日笠から分かれて近江国に至っている。現在の国道303号線沿いに延びていたと考えられており、北川に沿うように走っていたようだ。
古代には北陸道の近江国三尾駅(現滋賀県安曇川町)から分かれ、若狭の濃飯駅(現若狭町上中)を経て若狭国府に達したとされる官道であり、この道を通って租税や海産物が京へと運ばれていた。特に海産物については京に近いこともあり、鯖や鰈などがよく運ばれていた。この由緒から最近ではこの街道を「鯖街道」とも呼ぶようになった。ただし、「鯖街道」は若狭街道だけをいうのではなく、周山街道など小浜から京へと向かう数本の道の総称である。小浜で一塩した鯖はこれらの道を通って運ばれ、京に着く頃にはちょうどなれて食べごろとなり、京の人々に大変喜ばれていたらしい。
また、若狭国は天皇の食物を献上する国、つまり「御食つ国」と呼ばれていたのだが、これは先述の鯖などの海の幸を税の一種である「調」として運んでいたことに由来する。奈良の平城京跡や藤原京跡から若狭から海産物を運んでいたことを示す木簡が出土しているのはその証拠だ。このように若狭と京は古来より海産物を通して密接に結びついていたのであり、若狭街道はその京都と若狭を結ぶ重要な街道として利用されていたのである。
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熊川宿
町中には水路が走るなどかつての宿場町の面影を色濃く残している。まったく形式の異なる建物が混在しながら町並みが形成されているのが特徴。(若狭町上中熊川) |

御蔵道
この道を通って藩の米蔵に米を運んだ。(若狭町上中熊川) |

松木神社
若狭の義民である松木庄左衛門を祭った神社。境内は小浜藩の米蔵跡にあたる。(若狭町上中熊川) |

御蔵屋敷跡
かつて熊川には小浜藩の米蔵があった。ここはその跡。 (若狭町上中熊川) |
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