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道守の水田 市街をはなれたのどかさが、ここにはある。(福井市東下野町)
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”大仏さま“を支えた生江臣東人の活躍。
福井市街の西部、足羽川と日野川の合流点付近に広がる平野。千年もの昔、ここは『道守庄』と呼ばれた。
大化の改新以降、すべての土地と人民を国有とした「公地公民制」は次第に崩れ、聖武天皇時代の「墾田永年私財法」施行後、豪族や寺社は新田を開き荘園を持つようになった。
大仏殿で有名な奈良の東大寺が、道守庄の持ち主。大仏造営や経営の費用を捻出するため、北陸の豪族に協力を要請した。これを受け足羽郡の豪族・生江臣東人は墾田100町を寄進。ここに足羽郡内で最大の荘園・道守庄が成立する。運動公園の造成や近年の市街化などで、現在『道守庄』の名残を見つけるのは難しい。それでも周辺には今も水田が多く、奈良時代に始まる米どころの歴史は今も引き継がれている。
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当時の地図
越前国足羽郡道守村開田図(正倉院宝物)。現在と若干の違いはあるものの、味間川(現・日野川)と生江川(現・足羽川)にはさまれた当時の地形を精密に伝えている。
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「道守」の名残
現在「道守」の地名は残らないが、近辺の学校や商店にその名を見ることができる。読み方は「ちもり」「みちもり」とも。(福井市若杉町) |

日野川
いにしえよりの米どころを潤してきた。水鳥が遊ぶ姿をよく見かける。(福井市) |

狐橋
日野川に合流する狐川に架かる。武士に助けられた狐の恩返しの伝説が残る場所。(福井市狐橋)
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