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元覚堤 堤防の大工事に心をうたれた比丘尼が、自らすすんで人柱になったとも伝わる。(福井市北野上町)
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一向一揆と朝倉氏の決戦の地。
中ノ郷は福井市の西郊、九頭竜川の左岸にある集落。古代、越前国足羽郡十五郷の一つに数えられた「中野郷」であると思われる。室町時代には2代将軍足利義詮が朝倉高景に勲功の賞として、越前国内7ヶ所の地頭職を与えており、この中に「中野郷」の地名も見られる。また、ここは戦国期に各地で繰り広げられた、一向一揆による争いの場としても有名だ。永正3年(1506)、加賀から越前に侵入してきた30万とも言われる一向衆を九頭竜川をはさんで対峙した朝倉宗滴を将とする朝倉軍が打ち破ったのだ。
徳川家康の子・結城秀康が福井藩主となると、福井藩家老・本多富正が中ノ郷界隈で治水工事に着手。城下の水害を防ぐためこの頃築かれた堤防は、富正の道名をとって「元覚堤」と呼ばれている。
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日吉神社
渡しに近いこの辺りは商品取引の場でもあり、市場の守り神として崇められてきた。(福井市中ノ郷町) |
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