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松木庄左衛門画像(松木長操氏之伝記より) |
相次ぐ拷問にも信念を貫いて。
新道村(現若狭町上中新道)の庄屋、松木庄左衛門。年貢軽減を訴え28歳の命を捧げた、誇り高き義民である。
若狭領主、京極高次・忠高父子は小浜城築城のため農民に重税を課す。1俵を4斗から4斗5升とし、大豆の年貢を引き上げたのだ。領主が酒井忠勝に代わっても、軽減は聞き入れられなかった。
16歳で庄屋を継いだ庄左衛門は若狭の農民と結束し、嘆願書を出し続けた。この活動は9年にも及ぶが庄左衛門ら総代は逮捕されてしまう。他の総代が詫びて解放されていく中で、獄中で信念を貫き通したのは庄左衛門ただ一人。ついに”1俵4斗“という従来の年貢の基準を認めさせ、日笠河原で処刑されたのである。
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若狭町上中ではかつて、大豆の収穫期には初穂を神棚に供えていた。庄左衛門を「豆神さま」と呼び、命を賭けた嘆願に感謝する風習である。 |
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松木神社
宿場町の町並みが残る、熊川の一角にある神社。庄左衛門をまつり、昭和8年に地元の熱意で創建された。(若狭町上中熊川) |

生誕地
生家近くの橋のたもとにある。(若狭町上中熊川) |

義民松木長操遺跡
庄左衛門(長操)が処刑された日笠河原に記念碑が建つ。国道27号近くには墓碑も。(若狭町上中日笠) |
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