浄瑠璃の新しい世界を切り開いた脚本作家。
承応2年(1653)に吉江藩士杉森信義の次男として福井城下で生まれ、3歳から10年あまり吉江(現鯖江市)で過ごした近松門左衛門。京都に移り住んでからは浄瑠璃や歌舞伎の作者として活動を始め、元禄16年(1703)に最初の世話浄瑠璃『曾根崎心中』を上演。心中という世俗の生々しい出来事を浄瑠璃の世界に初めて取り上げた世話悲劇は、興行的な成功を収めた。
さらに門左衛門は”義理“の世界を感動的に展開させる悲劇的方法を確立し、『国姓爺合戦』や『傾城反魂香』など多くの優れた作品を世に送り出した。今日においても元禄三大文豪の一人として讃えられ、その作品の上演が繰り返されている。
|
 |
門左衛門は若い頃に井原西鶴と浄瑠璃の脚本を競争して上演。負けた西鶴はそれ以降一本も浄瑠璃を書かなかったという逸話がある。 |
|


吉江藩館跡碑
吉江藩館跡碑。吉江町の誕生の由来を今に伝える碑文。浅水川右岸堤付近の吉江公民館内に建てられている。(鯖江市吉江町)
|

近松門左衛門記念碑
鯖江市立待公民館にある碑。鯖江市では近松門左衛門を鯖江のシンボルとして定着しようという運動が行われている。(鯖江市杉本町) |

鯖江市資料館
門左衛門を記念して作られた銅像。(鯖江市長泉寺町)
|
|
|