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江戸後期から大正にかけての文化を絵馬に垣間みる。
夢楽洞万司(生没年不詳)
   
夢楽洞絵馬(福井県立博物館蔵)万司筆で紅葉狩を表現している。

絵馬の他、雑俳の点者としても活躍していた万司仙人。


 江戸後期から大正に掛けて活躍した絵馬師集団”夢楽洞“
の初代”夢楽洞万司仙人“こと万屋曽平は、名を馳せた雑俳(娯楽本意の俳諧)の師匠・選者であった。
 彼はこの世をつかの間の夢とし、その夢を楽しむ術としての雑俳に続いて、絵馬を描き始めた。雑俳のネットワークを使い、また、当時の旅ブームに乗じた旅の手みやげとして売り出された絵馬は、瞬く間に近隣諸国へと広がっていった。自らを”万を司る“と名乗った彼は、教養を身につけた選者として、先見の目を持つ商売人として、また絵師としてまさにマルチタレントぶりを発揮しているが、その生涯については未だ良く分かっていない。


こぼれ話
 「まんし天神」は、二代目万司が当時の天神の流行をいち早く察知して売り出したとされる掛軸で、二代目もまた、商売上手であったことが窺える。
名所を巡る

蔵王権現社
松岡町(現永平寺町)の蔵王権現社に明和8年(1771)に奉納された絵馬が現在確認されている中では最初の万司仙人の作品とされる。(永平寺町上吉野)

福井県立博物館
夢楽洞によって描かれた絵馬の展示がされている。(福井市大宮)

称名寺の石碑
生前に建てられたという辞世の句が刻まれた石碑。句からは「この世を大いに楽しむべし」という彼の思想が窺える。(坂井市三国町黒目)