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種痘の発展に尽くした医学者白翁に触れる旅。
笠原 白翁(1809〜1880)
   
笠原白翁写真(福井市立郷土歴史博物館蔵)

吹雪の栃ノ木峠を決死の覚悟で突破し、痘苗を運ぶ。


 幕末以前の日本では天然痘が猛威をふるっており死病として大変恐れられていた。ジェンナーの発明した種痘によって天然痘の流行を止められると知った西洋医の白翁は、藩主の松平春嶽を介して種痘の輸入を幕府に陳情する。しかし輸入の許可が降りた同じ頃には痘苗は佐賀藩の依頼によって長崎に輸入されていた。これを聞いた白翁はこの痘苗を手に入れるため旅立つことにした。運良く京都で痘苗を入手したため、さっそく接種した子供達と共に福井へと折り返すが、時は1月。雪深い栃ノ木峠を決死の覚悟で突破して、痘苗を持ち帰ることに成功した白翁は、全国に先駆けて種痘の普及と実施に全力を尽くした。


こぼれ話
 白翁はまた写真機の先駆者でもあり、彼が56歳の時にカメラで自分を撮影した写 真が残っている。万事につけて進歩的な人であったといえよう。
名所を巡る

記念碑
足羽山にある自然史博物館の横にある記念碑。白翁の功績を今に伝える。(福井市足羽上町)


大安寺にある墓。生前、橘曙覧と共にこの寺へよく訪れ、住職とも仲がよかったという。(福井市田ノ谷町)

除痘館跡周辺
除痘館のあった辺り。ここで種痘が実施され、急速に県内各地に広まっていった。(福井市春山)