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| (上)泰澄大師像(右)浄定行者像(左)臥行者像(すべて大谷寺蔵) |
夢のお告げを受けて、白山へ。
福井・石川・富山・岐阜4県境にそびえる白山。白銀に輝くこの霊峰は古くから神の宿る山として信仰を集めてきた。『泰澄和尚伝』によると、白山を開いた泰澄は、白鳳11年(682)現在の福井市三十八社町に生まれたという。14歳の頃から越知山に登って修行。その名声は京にも伝えられ、疱瘡に苦しむ元正天皇に加持祈祷を行い、全快へと導いたという。
夢のお告げを受け、泰澄が白山に登ったのは36歳の時。以来白山信仰は越前を中心に広まり、修験の霊場となった。
晩年は再び越知山に籠る。86歳の時、結跏趺坐し大日の定印を結んだまま死去。弟子に臥行者、浄定行者がいる。
白山麓にはそれぞれ信仰の拠点”馬場“が設けられた。勝山市の平泉寺白山神社は、越前の馬場である。のちに平泉寺は多くの衆徒を抱え、在郷勢力として力を持つようになった。天正2年(1574)に一向一揆に攻撃されて焼失するが再建され今に至る。杉の巨木に覆われた境内が、千年を超える歴史を今に伝える。
今も人々の信心を集める名僧。
修行を積み、信仰を広めただけが泰澄の偉業ではない。養蚕や製紙などの産業を興し、灌漑池を造るなど、当時高僧と呼ばれた行基に並ぶ
”民の味方“でもあった。加賀の粟津温泉も、泰澄が修行の途中に発見したと伝えられている。
超人的な能力とカリスマ性を語る多くの伝説。勝山市の平泉寺や越前町朝日の大谷寺など越前には泰澄を開祖と仰ぐ寺院も多い。だが、これらを検証する史料は残念ながら少ない。ただ、多くの信心を集めた名僧であったといい、今も泰澄ゆかりの地に足を運ぶ人々の多さが、その事実を物語っている。
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泰澄は様々な伝説をもつ人物だが、最も有名なのは「鉢飛ばし伝説」だ。これは浄定行者が泰澄と臥行者の神通
力に感心し、泰澄の弟子になる話で、彼の偉大さがよく分かる。 |
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越知山
標高は612.8mで、ハイキングコースとしても人気がある。(越前町朝日大谷寺) |

平泉寺白山神社
白山の登山口である3馬場のひとつ。苔が美しい旧玄成院庭園(国名勝)、泰澄が白山神の神託を受けたと伝わる御手洗池などがある。(勝山市平泉寺町) |

大谷寺
泰澄入寂の地と伝わる。国指定重要文化財の笏谷石製の石造九重塔がある。高さは4、4mで元亨3年(1323)の紀年銘(製作年の銘文)がある。(越前町朝日大谷寺) |

越知神社
越知山頂は神仏混合の山岳霊場でもあった。(越前町朝日大谷寺) |

泰澄寺
泰澄の生誕地に建ち、彼ゆかりの御膳水や産湯水、座禅石などがある。(福井市三十八社町) |
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