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羽二重王国の生みの母“織り姫”順子を訪ねて。
細井 順子(1842〜1918)
   
細井順子写真(福井市立郷土歴史博物館蔵)

順子の努力と忍耐強さが羽二重王国の礎を築いた。


 織り姫・細井順子は足羽郡六條村(現福井市)に生まれ、呉服町通 りの細井万次郎と結婚していた。そんな順子が、機織り技術と聡明さを見込まれて福井県初のバッタン機の伝習生に選ばれて京都府織工場へ派遣されたのは明治9年(1876)のことであった。従来の大和機の4倍もの能力を持つバッタン機の操作は困難を究めたが、一年足らずで体得する。その後、福井織工会社の教師として迎えられた順子は創意工夫をしながらこれを女子工員全てに伝授し、ついには福井県を日本一の羽二重王国へと導いた。女性の地位 が低かった当時、しかも彼女の存命中に記念碑が建てられたことが功績の偉大さを物語っている。


こぼれ話
 昔は結婚しても子供が産まれるまで籍を入れないことが多く、子供のいなかった順子も伝習生に選ばれて初めて妻として正式に入籍した。
名所を巡る

記念碑
順子の功績を讃えて明治41年に建てられた記念碑。この記念碑の建つ虚空蔵寺(こくぞうじ)へ順子はよく立ちよったとか。少しの酒ですぐ唄や踊りの出る陽気な性格だったという。(福井市足羽)

呉服町通り
順子の嫁ぎ先「天狗屋雑貨店」があった辺り。当時、順子達の織りあげた傘地やハンカチーフも売られていた。(福井市順化)

バッタン機
順子はこの機械を扱う技術をマスターした。写 真は当時のバッタン機(福井市立郷土歴史博物館蔵)