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全てを音楽に捧げた天才作曲家の面影を追って。
今川 節(1908〜1934)
   
今川節写真(福井市立郷土歴史博物館蔵)

死の直前まで床の中で作曲を続ける。


 丸岡町に生まれる。丸岡メソジスト教会でオルガンに初めて触れ、高等小学校卒業後は銀行の給仕として働くかたわら、鈴木三重吉らの主宰する『赤い鳥』の通 信講座で作曲を勉強するようになった。その後、彼が作曲した『てふてふ(ちょうちょう)』は推奨作品となり巻頭ページに掲載。また、文部省募集の御大礼奉祝歌に2等入選し、聖歌や校歌等の作曲の他、丸岡ローレル楽団の作曲家・指揮者としても活躍した。昭和8年(1933)には時事新報社の全国音楽コンクールで交響楽の『四季』が1等入賞となり、その演奏がラジオで全国中継された。しかし、翌年5月25日、結核のため25歳の若さで惜しまれながらこの世を去る。


こぼれ話
 北原白秋の詩『ペチカ』は今川節と山田耕筰とがそれぞれ作曲していたが、白秋自身は「私は今川君のが好きだ」と評したといわれる。
名所を巡る

胸像・記念碑
節の死後、彼の友人らが胸像を建てるが福井大震災によって崩壊。今建っている胸像はその15年後の1963年に再建されたものである。(坂井市丸岡町霞町)

緑幼稚園
節がキリスト教信者として洗礼を受け、日曜学校の奉仕活動をしていた教会跡。今は緑幼稚園となっている。(坂井市丸岡町霞町)

楽譜
節の直筆の楽譜「四季」。その他、節直筆のコピーは、予約しておくと見ることができる。
丸岡公民館(ペチカSETSUの会事務局)0776・66・7610(坂井市丸岡町霞町)