北ノ庄城などを訪れ、布教活動を行う。
フロイスは近世の一級史料として著名な『日本史』など、日本に関する膨大な通
信と著書を後世に残したイエズス会司祭だ。ポルトガルの首都リスボンで生まれ、16歳でイエズス会宣教師となり、その後インドや日本でキリスト教の布教に従事した。日本には永禄6年(1563)に初来日し、各地で布教。福井にも13日間滞在し、当時の九十九橋や北ノ庄城、府中(武生)などの様子を書き残している。それによると柴田勝家の居城であった北の庄城は、城下町が信長の本拠である安土の2倍ほどもあり、屋根瓦がことごとく石(笏谷石)で葺かれていたとなっていて興味深い。勝家とも面
談しており、キリスト教や貿易のことを話し合ったようだ。その後数年間、彼の布教活動は順調であったが、伴天連追放令など豊臣秀吉のキリスト教への迫害が始まると挫折し、長崎で失意のうちに他界した。 |
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柴田神社
(上)フロイスが会談をした柴田勝家を祀る柴田神社。(下)柴田神社内に今も残る北ノ庄城の石垣。フロイスが来たときは大工事をしていたようだ。(福井市中央) |

九十九橋
当時から北ノ庄城下の入口に架かっていたとされる。フロイスも当時瀬田橋と同じ長さだったというこの橋を通
った。(福井市中央、照手、つくも)
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府中の町並み
現越前市。フロイスはここで平野家を訪れ、説教をしたといわれる。
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