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福井を訪れた異邦人 一覧へ戻る戻る次へ

三国に画期的な西洋式工法の防波堤を造ったお雇い外国人の活躍をたどる。
G・A・エッセル(1843〜1939)
   
G.A.エッセル写真(みくに龍翔館蔵)

日本初の西洋式工法による防波堤を造る。


 明治維新前後には富国強兵の一環として、優れた欧米の技術を学ぶため、多くの外国人がお雇い教師として日本にやって来ている。オランダ人であるジョージ・アーノルド・エッセルもまたその中の一人であり、土木工事の技術などを教える1級土木工師として雇われた。来日したのは明治6年(1873)で、大阪や鳥取など日本各地を回って土木工事の指導をしている。
 福井県には明治9年5月に初めてやって来ており、その後2度にわたり来福している。目的は坂井港(現三国港)付近の九頭竜川改修工事の指導であった。だが、大阪で発注した機械の到着が遅れるなどの原因が重なって工事はなかなか進まず、結局、エッセルの滞在中には着工できなかった。そのため実際の工事は彼の計画に基づいてヨハネス・デレーケというオランダ人のお雇い工師の指導の下に行われたようだ。三国サンセットビーチに今も残る防波堤の一部はこの工事の時にできたもので、日本で最初の西洋式工法による防波堤である。
また、エッセルは龍翔小学校の設計もしたとされていることでも有名だ。この建物は木造ながら5階建て八角形という奇抜なデザインで、当時としては大変珍しかった。明治天皇の北陸巡行の際、工事中のこの建物を視察するため同行中の政府の高官、井上馨がわざわざ三国を訪れていることからもその珍奇さが分かる。エッセルの滞在は5カ月にも満たない。だが、福井に西洋式の工法をもたらしたという点で大きな功績を残したといえるだろう。

こぼれ話
 だまし絵で世界的に有名なM・C・エッシャーは実はG・A・エッセルの息子。名字の違いは英語とオランダ語の発音の差だ。
名所を巡る

防波堤
三国サンセットビーチにあり、今も使用されている。手前の灯台までが当時造られたもので、その向こうは昭和時代に付け加えられたもの。(坂井市三国町宿)

龍翔小学校跡
現在の三国中央保育所の敷地にあったが、今は碑のみが建っている。(坂井市三国町南本)

安島
滞在中、地元の商人たちに招かれ、ここで海女が捕ってくる新鮮な魚介類をフライにして食べた。(坂井市三国町安島)

雄島
雄島は聖なる地とされていたため、エッセルは当時穢れたものとされていた革靴を脱いでわら製のサンダルに履き替えて入島した。(坂井市三国町安島)

みくに龍翔館
みくに龍翔館はかつての龍翔小学校をモデルにして建てられている。エッセルコーナーもあり、ここに行けば彼の事績がよく分かる。 
三国町郷土資料館 0776-82-5666(坂井市三国町緑ヶ丘)

トリックアート作品
三国町では息子のM・C・エッシャーにちなんだトリックアートコンペが行われている。写 真はその受賞者の作品。(坂井市三国町神明)