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京福丸岡線 一覧へ戻る戻る次へ

 
   
坂井平野を横断していた京福丸岡線。車窓からは、高台にそびえる丸岡城の姿がはっきり見えるほどだったという。写 真は、昭和43年(1968)6月23日、丸岡線の本丸岡駅ホームで出発を待つ京福モハ107形。廃線まで残りわずかの在りし日の姿だ。(吉川文夫氏撮影)


現役で活躍する農業施設に かつての栄光を発見する。

 現在はバスターミナルとなっている本丸岡(坂井市丸岡町)と、京福電鉄三国芦原線・西長田(坂井市坂井町)を結んでいた京福丸岡線。その歴史は大正4年(1915)6月22日、本丸岡―省線(院線)上新庄(現・JR北陸本線丸岡駅)の丸岡鉄道開通 に遡る。
 当初は蒸気軽便鉄道として開業、昭和5年(1930)に本丸岡―丸岡が改軌・電化され、翌年に西長田まで延長開業した。坂井平野を横断する鉄道ということもあり、当時は米の出荷や肥料の搬入などに大きな役割を果 たしたという。しかし、23年(1948)の福井大震災の被害で債務が圧迫。さらに30年代以降のモータリゼーションで利用客が激減し、43年(1968)7月11日、惜しまれつつ全線が廃線となった。
 30年以上前の廃線にもかかわらず、西長田駅や丸岡駅のホームなど、当時の様子をとどめる遺構が数多く残る。

現存する遺構

兵庫川鉄橋橋脚跡
かなり埋まっているので発見は難しいだろう。草が生い茂っていない季節に訪れるといい。
〔地図A〕(坂井市春江町西長田)

立体交差跡
国鉄(現・JR)北陸本線との立体交差跡。北陸本線電化に伴って、橋脚のかさ上げ工事も行われた。現存する遺構の中では最も大規模なものだ。
〔地図B〕(坂井市坂井町福島)

橋の跡
北陸本線丸岡駅近くにある用水路を越えていた橋の跡。ほとんど原形を留めていないが、よく見るとコンクリートの色が微妙に違うことに気付く。
〔地図C〕(坂井市坂井町上新庄)

橋脚跡
丸岡線・新福島駅付近にあった橋脚跡。線路は写 真のような形で通っていたと推測される。比較的、原形を留めている遺構の一つだ。
[地図D](坂井市坂井町若宮)

路線跡
丸岡線・舟寄駅―新福島駅の路線跡。廃線後、坂井平野一帯では大規模な区画整理が行われたが、この路線跡は用水路が掘られ今も活用されている。
〔地図E〕(坂井市丸岡町舟寄)