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平成9年(1997)9月に引退したモハ161型は、昭和8年(1933)、デハ21型として製造された。23年(1948)の福井大震災では福井市内で被災し、ほぼ全焼状態となった。
その後、連接車(車両同士を一つの台車で連結する)に改造され、48年(1973)には福鉄鯖浦線のさよなら電車を務めた。 |
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蒸気機関車の代名詞ともいえる”デコイチ“こと国鉄D51形は、昭和11年(1936)から10年にわたって計1115両が製造された。勾配線での登坂性能の良さから、県内でも多数の”デコイチ“が配備、敦賀―今庄間の山中峠越えに活躍した。
福井運動公園に保存されているものは、16年(1941)に製造された。 |
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福井鉄道モハ161-1
(越前市 KM鉄道資料館) |

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福井市の下馬公園に保存されているモハ161-2とコンビを組んでいた車両。鯖浦線廃止後は福武線に復帰。昭和60年(1985)ワンマンカーとして改造、晩年は主に朝のラッシュ時に使用されていた。
廃車後しばらく西武生車庫に留置されていたが、私設博物館に移設され現在に至る。 |
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国鉄EF70 1005
(越前市 やまぼうし高原) |

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昭和37年(1962)の北陸トンネル開通に伴い製造された、当時の国鉄では最強の交流電気機関車。その6年後、大阪―青森間の寝台特急『日本海』登場に伴い、7両が特急牽引用に改造された。
その後、交直流両用機関車EF81形の配備により廃車が進行。現在、県内に残るのはこの1両のみとなっている。 |
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国鉄D51481
(南越前町 今庄サイクリングターミナル) |

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日本の鉄道史上最高の生産台数を記録した、国鉄D51形蒸気機関車。計1115両という台数ゆえ、福井県内でも多数のD51形が活躍した。特にその性能が発揮されたのは、国内の鉄道路線でも屈指の難所といわれた、旧北陸本線の敦賀―今庄間である。この場所に保存されているのは、今庄にゆかりのある481号機。 |
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昭和13年(1938)から22年(1947)にかけて製造された中型蒸気機関車。ローカル線向けの機関車として造られたため、県内でも小浜線を中心に運用された。その最後の蒸気機関車として「お別れ列車」を牽いたのが、この171号機である。
43年(1968)の福井国体の際は、特別列車の牽引を務めた。 |
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昭和32年(1957)、県内初の交流電化区間(北陸本線 田村―敦賀間)開通に伴い登場した交流電気機関車。この登場で米原―敦賀間は大幅にスピードアップ、輸送力増強に多大な貢献を果たした。
しかし、37年(1962)以降のEF70形の配備により活躍の場が縮小、59年(1984)に営業路線上から引退した。 |
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国鉄8620形は、大正3年(1914)より造られた、国内の鉄道史上初の量産型蒸気機関車。687両が製造され、全国津々浦々に配備された。
九頭竜湖駅に保存されているのは、昭和48年(1973)まで越美北線で運用されていた機関車。これは、県内で最後まで走っていた蒸気機関車のうちの1両である。 |
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