90歳の職人が打つ清らかなそばに、心が晴れる。
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枯淡のそばだった。
90歳の翁が打つそばである。

「おいくつですか?」と尋ねると、
「いつの間にか年取ってしもた。もう90歳です」と笑われた。
「お元気ですね」と言うと、
「毎日そばを打って食べているから元気よ」と、快活な笑い声を響かせた。
なにしろ自家製粉である。
福井県産(大野・池田産)の玄蕎麦を石臼で挽き、水まわし、こね、伸ばし、打つ。
高齢には相当な重労働だが、その運動とそばの滋養が、ご主人に活力を与えているのだろう。声には張りがあり、みなぎる元気がある。
それもそのはず、ご主人は池田町一番の民謡の歌い手なのだという。
早速「おろしそば」をお願いした。
越前焼きの平たい丼につゆがはられ、蕎麦とネギ、大根おろし、削り鰹節が盛られる。
脇には煮た厚揚げとお新香が添えられていた。

ずるる。
細平打ちのそばを一気にたぐると、なんとも喉越しがいい。
コシも強いが、どこか自然の風合いがある。透明感があって、そばをたぐるたびに体が清められるような気分になる。
さらには、蕎麦職人の技を誇示しない優しさがある。翁が重ねた時間が生んだ味なのだろうか。
続いて温かいおろしそばもいただいた。


つゆがいい。池田の名水仕込みということだが、味が丸く、雑味がない。
温められてねっちりとした食感のそばは、ほの甘く、つゆとなじむ。
さいごにきび餅をいただき、ご主人に店の成り立ちなどを聞いた。 
どうかご主人、いつまでもお元気でいて、私たちにおいしいそばを食べさせてください。

(株)味の手帖 取締役編集顧問 タベアルキスト。年間700軒ほど国内外を問わず外食し、雑誌、テレビ、ラジオなどで食情報を発信。そのほか虎ノ門横丁プロデュース、食文化講師など実施。日本ガストロノミー協会副会長、日本食文化会議理事。最新刊は「どんな肉でもうまくする。サカエヤ新保吉伸の真実」世界文化社刊。
7年前に小浜地区の仕事を通じて福井の食材の豊かさに惚れこみ、今回の福井各地の美味しいを探す旅のきっかけとなった。