工夫を凝らし、常に前進を試みる、福井県寿司界の若き希望
昨年6月30日に福井市内へ移転した、新進気鋭の鮨屋である。
ご主人・松下凌氏は33歳とお若いが、現状に満足することなく、常により良い仕事を求め続ける姿勢が印象的だ。
その象徴のひとつが、干瓢巻である。

いきなり地味な寿司の話で恐縮だが、これは実に奥深く、難しい。
今の客の中には干瓢巻への理解が十分でない人も多いだろう。
それにもかかわらず、彼は理想を追い求め、何種類も試作したという。
その結果として出された干瓢巻は、柔らかさ、味、酢飯とのバランスなどすべてが理想に近く、東京でもなかなか出会えないほどの完成度だった。
それでは、二月のコースを紹介したい。
最初は冬らしく、三重産蛤の出汁。
調味料を使わない、熱々の蛤の滋養が冷え切った体を温めていく。

続いて、福井のメジマグロをほのかに甘い玉ねぎ醤油に浸したヅケ。
脂の乗った腹部分ゆえに薄めに切られており、脂がきれいに口から消えていく。

次は、開店寸前に茹でて甲羅に入れ、炭火で温め直した三国のズワイ。
そして、2〜3日血抜きしてから炊いたという石川のあん肝が登場する。
酒が進んでしまう一皿である。

続いて、珍しいいぶりがっこの細巻とあん肝、富山の締めイワシの海苔巻。
イワシは細かく切ったガリと大葉、生姜、胡麻を適量一緒に巻いており、脂が乗ったイワシと薬味の出会いが絶妙だ。




さあ、ここから握りが始まる。
福井のマハタはふくよかな甘みがあり、どこか色気を感じる。
甘えびはしなやかで、ヅケにした福井サワラはほんのりと艶めいた味が舌に落ちる。



塩と酢橘をあしらったアオリイカはねっとりと甘く、宮城のサヨリは澄んだ身に微かな甘み。
千葉のキンメダイは身がだれず、脂の旨みを素直に伝えてくる。
大間の赤身は酸味が嬉しく、大トロの脂はすっと切れが良い。





塩とネギを合わせたマグロ中落ちの握りは、天に少しかけたゴマの香りがアクセント。
炭で炙ったのどぐろは一切離水せず、締まった体躯から豊かな脂が滲み出て、思わず顔が緩む。


ウニは珍しく細巻で登場したが、食べて納得。
軍艦だとウニの風味は最初だけだが、細巻なら最後まで続く。

帆立と海苔の茶碗蒸しを挟み、ズワイガニの握り。
身に味噌も混ぜて甲羅に入れて温め、握った寿司は丸い甘みが増し、優しい余韻を残す。


そして最後は、先ほど触れた干瓢巻。
あえて酢飯を多めにしており、そのためバランスがいい。
締めは、なめことネギを入れた、武生の味噌を使った味噌汁。
甘味は、薄いチョコレートを挟み込んだラム酒の最中アイス。
最中も黒糖で特注とのことで、寿司屋の甘味としてよく練られている。

酒は常山に始まり、白岳仙、一本義のダブルムーンといただいた。




まだ若く爽やかな青年である松下さんの所作は実に気持ちがいい。
板場に置いた包丁の刃を客に見せないよう、竹棒をカウンターとの間に置くなど、客目線での配慮が随所に見られる。



武生のお茶屋さんのお茶を飲みながら、次はいつ来ようかと、すでに考え始めていた。

(株)味の手帖 取締役編集顧問 タベアルキスト。年間700軒ほど国内外を問わず外食し、雑誌、テレビ、ラジオなどで食情報を発信。そのほか虎ノ門横丁プロデュース、食文化講師など実施。日本ガストロノミー協会副会長、日本食文化会議理事。最新刊は「どんな肉でもうまくする。サカエヤ新保吉伸の真実」世界文化社刊。
7年前に小浜地区の仕事を通じて福井の食材の豊かさに惚れこみ、今回の福井各地の美味しいを探す旅のきっかけとなった。