春満開、海からの奥深い恵みを堪能するの巻
福井にやって来た。
ホタルイカを食べるためである。
これから1時間前まで生きていたというホタルイカを、しゃぶしゃぶでいただくのだ!
訪れたのは、福井駅近くの居酒屋「ななと実」。
女将さん一人で切り盛りするこの店は、温和な人柄と、ぬくもりのある郷土料理に惹かれた常連でいつも賑わう。
“おじさんの聖地”とも呼ばれる名店である。
季節は4月、ホタルイカの旬の真っただ中。
ほどなくして、まだ生きているホタルイカが皿に盛られて運ばれてきた。

透き通った体は、まだかすかに命の鼓動を宿し、神秘の輝きを放つ。
それらを次々に昆布出汁の中に入れていく。
小さな体は熱い出汁に触れると、ふっと茶色く色づき始めた。




その一瞬を見計らい、何もつけずに口へ運ぶ。
拙い命がぽたりと舌に落ち、広がっていく。
“食べてはいけないものを食べてしまった”ような切なさが胸にこみ上げた。
胴体からガブリといくのも良い。
だが僕は、さらに甘美な食べ方を見つけてしまった。
目を取り、足からかじり、そのまま吸い込むように胴体を口へ誘導する。
すると、卵なのか肝なのか、複雑な旨みが解き放たれ、恍惚が押し寄せる。
一瞬、めまいを覚えたほどだ。
ああ、福井の海は奥深い。
ホタルイカだけではなかった。
この日、漁師仲間が店に届けてくれたのは、ベタの骨切り、ヤリイカのエンペラ、イワシ、イシエビ、ガマエビなど。
中でも驚いたのが、4月が旬というイワシである。

刺身は脂が乗っているのに、いやらしさが微塵もない。
澄んだ味わいで、噛むほどに甘さを感じる。
こんな淡く品のあるイワシは初めてだ。
軽く干したイワシもいただいたが、これもまた味が澄んでいる。
ふっくらしているのにくどくない。
小骨どころか中骨まで食べられる。
おそらく10匹はいける。
漁師は毎朝5匹を白ごはんで食べているという。羨ましい話だ。

「これ食べてみい」と出されたのが、ベタの骨切り。

ベタとは、ナメタガレイやヤナギムシガレイの福井での呼び名らしい。
生のカレイを骨ごと細切りにした刺身で、食べれば軟骨がシャリシャリと弾み、柔らかな身と対になって酒が進む。
続いては、イシエビとガマエビを串刺しにして干したものを肴に、とっぷりと一本義の燗酒をいただく。


次に登場したのはヤリイカの刺身。
東京でも食べられるが、この日のイカはまだ生体反応があり、肌が微かに明滅していた。

胴体は横切りと縦切りで提供され、横はムチッと、縦はコリリとした食感。
比べると、縦切りの方が断然うまい。
勇壮な食感を噛み進めるにつれ甘みが滲み出る。

特に気に入ったのは耳と口のあたり。
よく動く部分が美味いという原則どおり、エンペラは痛快な食感で裂けると甘みが湧き出す。
一方口の上の部分はコリッとしながら肝を内包しており、この対比がたまらなく心を躍らせる。


そして最後は、イカをご飯にぶっかけた。
残ったイカ刺しに醤油をまぶし、熱々のご飯に岩海苔とともに乗せ、一気にかき込む。

キラキラと輝くイカと醤油の香り。
口の中で波の飛沫が上がる。

ふふ。
笑いが止まらない。
ああ、福井の海はなんて奥深いのだろう。
福井「ななと実」にて
※以上の料理は常時あるものではありませんので、お電話でご確認ください。

お店の場所はこちら
〒910-0005
福井県福井市大手2丁目6−4 マルダイビル 1階
TEL: 0776-97-8335
https://instagram.com/nanatomi_sachiko?igshid=MzRlODBiNWFlZA==
(株)味の手帖 取締役編集顧問 タベアルキスト。年間700軒ほど国内外を問わず外食し、雑誌、テレビ、ラジオなどで食情報を発信。そのほか虎ノ門横丁プロデュース、食文化講師など実施。日本ガストロノミー協会副会長、日本食文化会議理事。最新刊は「どんな肉でもうまくする。サカエヤ新保吉伸の真実」世界文化社刊。
7年前に小浜地区の仕事を通じて福井の食材の豊かさに惚れこみ、今回の福井各地の美味しいを探す旅のきっかけとなった。