敦賀・若狭の
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- 来迎寺
- 時宗の寺院。元中4年(1387)、国阿上人により開創。16世紀末には敦賀城主、大谷吉継の帰依を受け、戦の前に大谷吉継が預けたとされる加飾腰高障子が残ります。この腰高障子は趣向、意匠ともに優れ、福井県指定文化財に指定されています。また、来迎寺の山門は敦賀城の…
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- 若狭路
- 敦賀市
- 加茂神社
- 加茂神社はおおい町名田庄にあり、貞和4年(1348)の勧請と伝えられ、江戸時代の中頃に改修された記録が残されています。また、「おろおろ祭り、舌餅作り、芝走り」などの祭祀や慣習など、他では見られない独特の民俗行事が行われています。これらは、納田終が陰陽道宗…
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- 若狭路
- おおい町
- 円照寺
- もと真言宗で遠松寺といい、南川の対岸の堂谷にありましたが、越前杣山城主瓜生民部の娘が尼となって当寺へはいり文安元年ここに移し臨済宗の寺として再建、円照寺と改めたと伝えられています。本堂には本尊の大日如来座像、不動明王立像(重文)が安置されています。お…
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- 若狭路
- 小浜市
- 松原神社
- 明治8年(1875)に創建された水戸天狗党らを祀った神社です。創建当初に社殿は建っていませんでしたが、明治16年(1883)10月に神社碑が建立されています。その後、明治31年(1898)に前田侯爵家の出資を得て社殿が完成し、大正3年(1914)に現在の位置に移転しました。 神社…
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- 若狭路
- 敦賀市
- 永厳寺
- 曹洞宗。若狭三十三観音霊場の第1番札所。応永20年(1413)、今の栄新町に創建されます。慶長12年(1607)、打它宗貞により現在地に移転。 水戸天狗党には少年11人が含まれており、これを不憫に思った永厳寺住職龍道が奉行所に申し入れ、11人を仏弟子として引き取ったと…
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- 若狭路
- 敦賀市
- 恵比須神社(須部神社)
- 奈良時代に建てられ、「若狭ゑびす」として知られている神社。商売繁盛、漁業の神と子供の守り神として県内外から多くの参拝者が訪れています。また朱塗の鳥居は町の指定文化財になっています。
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- 若狭路
- 若狭町
- 潮音院
- 若狭観音霊場は33ヶ所あります。ここ潮音院は巡礼第28番目の古寺で、臨済宗の聖観音像があります。堂宇の33体観音像は、江戸末期に安置されたものです。尚、本堂には大楠公の霊位を安置しています。
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- 若狭路
- おおい町
- 常宮神社
- ご祭神は、氣比神宮の仲哀天皇の妻・神功皇后で、「お産の常宮さん」としてあがめられています。毎年7月22日には、仲哀天皇のご祭神が船で海を渡る「総参祭」という全国的にも珍しい神事があり、国宝「朝鮮鐘」が安置されています。
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- 若狭路
- 敦賀市
- 三方石観世音のしだれ桜
- 本尊の観音菩薩像には右手がなく、昔、弘法大師が一夜で観音像を彫ったが、鶏が夜明けを告げてしまったので右の手首だけを残して下山したと伝えられている。そのため手足の不自由な方にご利益があるという。4月中旬には参道にしだれ桜が咲き乱れる。
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- 若狭路
- 若狭町
- 多田寺
- 多田寺本堂の厨子には、眼病平癒の霊験あらたかな本尊薬師如来がお祀りされています。脇仏に若狭のモナリザとも呼ばれる十一面観音と平安仏である聖観音が安置されています。(いずれも重要文化財)また堂内には、平安期の四天王と三体の阿弥陀仏も祀られ、曼陀羅のごと…
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- 若狭路
- 小浜市
- 彌美(みみ)神社
- 現祭神は室毘古王(むろびこのみこ・開化天皇の第三皇子である日子坐王(ひこいますのみこ)の子)・建御雷神・天児屋根命・布都主(ふつぬし)神・比咋(ひめ)大神・大山衹命。彌美神社は江戸時代まで「二十八所大明神」と呼ばれていましたが、明治二年に「彌美神社…
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- 美浜町








