美しき澄んだ湖の恵みを食らう。
その店は湖のほとりに、ひっそりと立っていた。店内に入ると、大きな窓ガラス一面に湖が広がっている
静かな湖面に、山や島々が映り込んだ鏡湖の名前は,水月湖という。
水月湖は、三方五湖の中の一つで、7万年泥が沈殿しており、地質学者の宝庫だという。
店主の田邊さんは、去年の7月に、代々の家を改築して宿泊施設付きのレストランを建てられた。
料理屋とは門外漢である田邊さんを決心させたのは、この地方に代々継承され
てきた伝統漁法を守るためだという。4メートルに及ぶ竹竿で湖面を叩いて湖底に棲む魚が驚かせ,刺し網に追い込んでいく,江戸時代から行われてきたとされる漁法だが、老齢化で、やがて消えてゆく定めにあった。
しかし地元で育った田邊さんは、老齢の漁師さんの収穫を買い支え、自らもたたき網漁で魚を獲るようにする。店で出される川魚は、そうして獲られたものである。
まず「フナとコイの刺身」が出された。
フナは、子まぶしといって卵をまぶしてある。
薄赤が刺す白い身に、黄色い卵が映える。
一方の鯉は薄造りにされ、薄桃色がかった身と赤い背肉が、鮮やかなコントラストを見せている。
フナの方が身が締まっており、
シコシコと40回くらい噛むと、うっすらと甘みが出てくる。
フナは骨がY字型なの、薄く薄く切るのがコツだという。
一方鯉は、柔らかく、噛めば最初から甘みが滲み出る。
真ん中のところはシコシコとした「トロ」と呼ばれる部分で、10回くらい噛むと、思わず「うっ」と叫ぶほど、圧倒的な脂の旨味出てくるではないか。
聞けばなんと鯉もフナも泥抜きをしていないという。
よほどこの湖が綺麗なのだろう。
次に出されたのが、天然のクチボソ青鰻を蒲焼にしたうな重である。食べれば確かな生命力があって、
歯や顎に挑んでくる。
硬いというわけではなく,生命の躍動がある。皮下に筋肉の躍動があり、さあ食べろ、
さあ噛めと言ってくるのであった。
鯉の他の料理も続く。味噌2種類を使ったという「こいこく」は、汁に鯉の脂の甘みが頻よく出ている
鯉の肉もふわりと崩れ、臭みは微塵もない。
頭と腹皮の部分、お腹のトロを使い、大きければ大きいほど美味しくなるのだという。
「鯉の煮つけ」は、脂の乗っていない背側もボソボソではない。
甘辛い味付けが、ご飯や燗酒を恋しくさせる。
今日のフナは、40〜50センチの大きさで、鯉は10kgになるという。最もいい時期は、フナと鯉は二月、鰻は10月下旬で、互いに脂が乗って、身も美味しさを増す。
また夏は、多く漁れる手長海老の料理がおすすめだという。
夏。ナマズはたくさんいる福井の南にある三方五湖は、日本農業遺産に指定された、「たたき網漁」で淡水魚を撮ることで知られている。
4メートルに及ぶ竹竿で湖面を叩いて湖底に棲む魚が驚かせ、刺し網に追い込んでいくという、伝鳥漁法である。
江戸時代から行われてきたとされる漁法だが、この地域も老齢化で、一番若い方が70歳となり、もう6人しかいないのだという。
なんとかこの漁法をつなぎたい。
そう思った田邊さんは、代々の家を改築して料理屋を始めることにした。
自らたたき網漁で魚を獲り、店で出す。
あるいは老齢の漁師さんを買い支える。
そうしながらなんとかこの漁法を、次世代に繋げていきたいと考えておられる。
田邊さんは、消防士である。
なので休みの日に漁に出かけ、料理屋を手伝う。
巨大な鯉を鮒を、鰻をいただいた。
いずれの魚も、生命の躍動感を感じさせる味だった。
「最近、消防士より漁師の格好の方が似合うよと言われちゃうんです」。
田邊さんはそう言って、嬉しそうに笑うのだった。
- うなぎや茂右エ門
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(株)味の手帖 取締役編集顧問 タベアルキスト。年間700軒ほど国内外を問わず外食し、雑誌、テレビ、ラジオなどで食情報を発信。そのほか虎ノ門横丁プロデュース、食文化講師など実施。日本ガストロノミー協会副会長、日本食文化会議理事。最新刊は「どんな肉でもうまくする。サカエヤ新保吉伸の真実」世界文化社刊。
7年前に小浜地区の仕事を通じて福井の食材の豊かさに惚れこみ、今回の福井各地の美味しいを探す旅のきっかけとなった。