敦賀・若狭の
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- 意足寺
- 曹洞宗。本尊は十一面千手観音菩薩立像。当寺はもと長英寺(小浜市太良庄)の地にありましたが、江戸時代初期に現在地の万願寺跡地に移建されたといいます。本尊である木造千手観音立像は、平安時代の作で、像高109cm。髻頂に仏面、天冠台上に10面の菩薩面をいただく42…
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- 若狭路
- おおい町
- 水生寺
- 水生寺の本尊として、厨子内に安置される十一面観音菩薩立像は像高99cm、寄木造の像です。面長で目鼻が大きく印象的な相好や装飾的な頭髪から、定朝を祖とする仏師の系譜である院派に属した、南北朝時代の仏師が造像を担当したと考えられています。また水生寺の開基は…
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- 若狭路
- 美浜町
- 本妙寺
- 永和2年(1376)創立、開山は日敬。元亀年間の兵火にあい、天正18年(1590)に敦賀城主大谷氏より寺地を拝領し、宝泉町から上島寺町に移転しました。 本寺は、水戸天狗党が降伏直後に収容された3ヶ寺のうちの1ヶ寺で、武田耕雲斎の次男である武田魁介ら346名が収容されて…
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- 若狭路
- 敦賀市
- 円照寺
- もと真言宗で遠松寺といい、南川の対岸の堂谷にありましたが、越前杣山城主瓜生民部の娘が尼となって当寺へはいり文安元年ここに移し臨済宗の寺として再建、円照寺と改めたと伝えられています。本堂には本尊の大日如来座像、不動明王立像(重文)が安置されています。お…
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- 若狭路
- 小浜市
- 永覚寺
- 浄土真宗の寺院。元治2年(1865)1月29日、幕府は水戸天狗党を荷蔵16棟に収容した後、2月1日に永覚寺に仮白州が設け、簡単な取り調べを行いました。この取り調べの後、元治2年(1865)2月に水戸天狗党の353名が斬罪に処せられたほか、残る約470名も遠島・追放・水戸渡し・…
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- 若狭路
- 敦賀市
- 潮音院
- 若狭観音霊場は33ヶ所あります。ここ潮音院は巡礼第28番目の古寺で、臨済宗の聖観音像があります。堂宇の33体観音像は、江戸末期に安置されたものです。尚、本堂には大楠公の霊位を安置しています。
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- 若狭路
- おおい町
- 加茂神社
- 加茂神社はおおい町名田庄にあり、貞和4年(1348)の勧請と伝えられ、江戸時代の中頃に改修された記録が残されています。また、「おろおろ祭り、舌餅作り、芝走り」などの祭祀や慣習など、他では見られない独特の民俗行事が行われています。これらは、納田終が陰陽道宗…
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- 若狭路
- おおい町
- 彌美(みみ)神社
- 現祭神は室毘古王(むろびこのみこ・開化天皇の第三皇子である日子坐王(ひこいますのみこ)の子)・建御雷神・天児屋根命・布都主(ふつぬし)神・比咋(ひめ)大神・大山衹命。彌美神社は江戸時代まで「二十八所大明神」と呼ばれていましたが、明治二年に「彌美神社…
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- 若狭路
- 美浜町
- 国分寺 (小浜市)
- 若狭国分寺は、奈良時代に聖武天皇の勅願で全国に建立された国分寺のひとつで、国の史跡に指定されています。釈迦堂には、大きな釈迦如来坐像が、薬師堂には鎌倉時代の作の木造薬師如来坐像が置かれています。
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- 小浜市





