敦賀・若狭の
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- 馬居寺
- 北陸三十三ヶ所観音霊場第2番の馬居寺は、聖徳太子が建立したと伝えられており、本尊の木造馬頭観音坐像は国指定重要文化財に指定されています。山門をくぐった寺務所の前に、踏むと縁起が良いといわれる扇石や、本堂右手の数百体の石仏など見どころも多く、また桜・…
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- 若狭路
- 高浜町
- 潮音院
- 若狭観音霊場は33ヶ所あります。ここ潮音院は巡礼第28番目の古寺で、臨済宗の聖観音像があります。堂宇の33体観音像は、江戸末期に安置されたものです。尚、本堂には大楠公の霊位を安置しています。
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- 若狭路
- おおい町
- 国分寺 (小浜市)
- 若狭国分寺は、奈良時代に聖武天皇の勅願で全国に建立された国分寺のひとつで、国の史跡に指定されています。釈迦堂には、大きな釈迦如来坐像が、薬師堂には鎌倉時代の作の木造薬師如来坐像が置かれています。
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- 若狭路
- 小浜市
- 本妙寺
- 永和2年(1376)創立、開山は日敬。元亀年間の兵火にあい、天正18年(1590)に敦賀城主大谷氏より寺地を拝領し、宝泉町から上島寺町に移転しました。 本寺は、水戸天狗党が降伏直後に収容された3ヶ寺のうちの1ヶ寺で、武田耕雲斎の次男である武田魁介ら346名が収容されて…
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- 若狭路
- 敦賀市
- 羽賀寺
- 数多い諸仏のなかでもひときわ美しいのが、小浜・羽賀寺の木造十一面観音菩薩立像(像高146.4cm、平安時代初期の作、重要文化財)です。女帝元正天皇をモデルにしたといわれています。羽賀寺は、霊亀2年(716)に行基が勅命により創建したと伝えられています。かわいい御…
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- 若狭路
- 小浜市
- 長遠寺
- 単立の寺院。本寺は、水戸天狗党が降伏直後に収容された3ヶ寺のうちの1ヶ寺で、水戸天狗党90人が収容されていました。寺院での彼らの待遇は手厚いものでしたが、幕府に身柄が引き渡された後は、敦賀の舟町(現敦賀市蓬莱町)に並んでいた肥料用の鰊粕などを保管していた…
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- 若狭路
- 敦賀市
- 意足寺
- 曹洞宗。本尊は十一面千手観音菩薩立像。当寺はもと長英寺(小浜市太良庄)の地にありましたが、江戸時代初期に現在地の万願寺跡地に移建されたといいます。本尊である木造千手観音立像は、平安時代の作で、像高109cm。髻頂に仏面、天冠台上に10面の菩薩面をいただく42…
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- 若狭路
- おおい町
- 彌美(みみ)神社
- 現祭神は室毘古王(むろびこのみこ・開化天皇の第三皇子である日子坐王(ひこいますのみこ)の子)・建御雷神・天児屋根命・布都主(ふつぬし)神・比咋(ひめ)大神・大山衹命。彌美神社は江戸時代まで「二十八所大明神」と呼ばれていましたが、明治二年に「彌美神社…
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- 若狭路
- 美浜町
- 永源寺
- 二条院讃岐の菩提寺であり、境内には百人一首に選ばれている「我が袖は 潮干に見えぬ 沖の石の 人こそ知らね かわく間もなし」の歌碑があり、近くには居館跡があります。「沖の石」は、田烏の沖合7kmにある石といわれています。
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- 若狭路
- 小浜市





