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- 言奈地蔵
- 昔、権六という馬子が旅人を殺し金を奪い、そばの地蔵に「言うなよ!」といったら「地蔵言わぬが我言うな」と言われ山を下りた。その後この峠で殺した旅人の子供と出会い権六は因縁におののき自ら仇を討たれた。という伝説があります。

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- 丹南
- 南越前町
- detail_1025.html
- 多賀谷左近の墓
- 多賀谷左近三経(たがやさこん・みつつね)は、初代福井藩主結城秀康の重臣として越前と加賀の国境の鎮めを任ぜられました。関ヶ原の戦いにも功績があり知行は3万2千石でした。※写真は、あわら市郷土歴史資料館より提供多賀谷左近三経は、桃山時代の武将で、若くして下…

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- あわら・坂井・福井市
- あわら市
- detail_1019.html
- 蝉丸の墓
- 「これやこの ゆくもかえるも別れては 知るも知らぬも逢坂の関」の一首で有名な蝉丸の話が伝わっています。諸国を流浪の果て、越前に来て陶の谷にたどり着いた蝉丸は、一軒の農家に滞在中に病気になりこの地に果ててしまいました。蝉丸の遺言どおりこの地域に建てた墓…

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- 丹南
- 越前町
- detail_5193.html
- 康継顕彰碑
- 福井市宝永の住宅街にある、越前康継の顕彰碑です。江戸時代、越前は全国有数の刀剣の産地として知られていました。その中でも最大の刀工集団が戦国時代末期に近江国から越前に移住したとされる「下坂派」であり、その代表的存在が初代康継です。初代康継は「下坂市左…

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- あわら・坂井・福井市
- 福井市
- detail_5118.html
- 祇王祇女の屋敷跡
- 西藤島小学校の隣に、祇王とその妹の祇女が住んでいたと伝わる場所があります。祇王祇女は平家物語にも登場する白拍子(男装で歌い踊る遊女)であり、平清盛の寵愛を受けていましたが、清盛の心は別の白拍子である仏御前に移ってしまい、祇王は館を追い出されてしまいま…

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- あわら・坂井・福井市
- 福井市
- detail_4927.html
- 窓安寺
- 奈良時代の養老年間、泰澄大師の開基と伝え、元は池田町の野尻にありましたが、一乗谷朝倉氏の命で天文2年(1533)に越前府中のこの場所に再興された天台宗寺院です。山門をくぐって奥の左手に、石造の不動明王と地蔵菩薩が並び立っており、地蔵菩薩の光背には「永禄三…

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- 丹南
- 越前市
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- 神明神社(上総社)
- 神明神社を上総社ともよんでいます。ここは、江戸時代には伏拝所(ふしおがみ)とよばれ、越前富士と称されて古くから山岳信仰の山であった日野山を遥拝する場所でした。第26代継体天皇の時代に建立。その後の乱世で荒れ、寛文年間(1661~1678)に領主・本多 昌長が再…

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- 丹南
- 越前市
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- 金龍山 妙國寺
- 応元年(1467)創建。境内には立正安国を説いた日蓮聖人の銅像が建立されている。妙見大菩薩が勧請され、商業、病気平癒などにご利益があると言われている。【御首題】 手書き※要事前連絡◆拝受場所/寺務所

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- 丹南
- 越前市
- detail_7987.html
- 京藤甚五郎家
- 隣家からの火事を防ぐ卯建(うだつ)があがりひときわ異彩を放つ京藤家は、今庄宿では脇本陣格の建物であり、幕末の国学者・歌人の橘曙覧などの書が所蔵されている。また、水戸天狗党の一行が宿泊し、刀傷をつけた柱が残っている。

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- 丹南
- 南越前町
- detail_1246.html
- 由利公正広場
- 由利公正居宅跡に近い足羽川の幸橋南詰上流側にある広場。公正の恩師である横井小楠の寄留宅跡(幸橋北詰下流側)の方向を向く由利公正像や、五箇条の御誓文の原案となった「議事之体大意」の展示版などが設置されています。由利公正とは由利公正肖像写真(福井市郷土歴…

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- あわら・坂井・福井市
- 福井市
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- 本保陣屋跡
- 越前国の幕府領を統括する陣屋。1721年~1870年まで約150年間、丹生郡本保村(現越前市本保町)に置かれました。

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- 丹南
- 越前市
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- 特務艦関東遭難慰霊碑公園
- 普段は波静かで穏やかな表情を見せる河野の海。しかしそのむかし、この平穏な海を猛烈な嵐が襲いました。一寸先もわからぬほどの激しい風雪と荒れ狂う怒涛の中で、懸命に人命救助にあたった人たちがいました。大正13年12月12日、舞鶴港へ向かう特務艦「関東」が激しい…

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- 丹南
- 南越前町
- detail_5706.html
- 湯尾峠
- 湯尾峠一帯は、古くからの交通の要所で、源平合戦、南北朝時代の合戦、一向一揆の戦いなど度々戦場となった場所でもあります。天正6年(1578)、柴田勝家が北国街道を整備した際に改修が加えられ、現在の峠道になったといわれていますが、木曾義仲が京へ攻め上げる際…

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- 丹南
- 南越前町
- detail_5136.html
- 斎藤実十郎家のひいらぎ
- 源平合戦で源氏方の木曾義仲軍と戦った平家方の武将 斎藤別当実盛が、戦いの途中に久しぶりに故郷に帰った際、実家の庭先に植えたものと伝わります。管理者の斎藤家は実盛の子孫と伝わり、代々このひいらぎを守り続けています。昭和46年に鯖江市の天然記念物に指定さ…

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- 丹南
- 鯖江市
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- 実盛堂(実盛社)
- 長畝集落にある斎藤実盛を祀った堂。堂内には僧衣の実盛と甲冑姿の実盛の木像(江戸時代末期)、十一面観音が安置されています。斎藤実盛の居館跡とされる長畝館跡は、現在の長畝集落内、八幡神社の隣附近に比定されています。実盛堂の約1km南には「実盛池」があり、実…

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- あわら・坂井・福井市
- 坂井市
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- 大通山 成福寺
- かつて一帯は戦場で、城跡だったところに伽藍が建てられたという江戸時代初期の記録が残る。火災での消失を経て、本堂は明治43年(1910)再建。境内を囲む緑が美しい。【御朱印】 手書き※要事前連絡◆拝受場所/本堂

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- 丹南
- 越前市
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- 霊松山 横根寺
- 養老3年(719)泰澄大師が開山。山門となっている夫婦大杉は、泰澄大師が手植えしたものと伝えられている。度重なる災禍により現在の本堂は平成5年(1933)に完成。【御朱印】 手書き※1/6、4/18、7/18、8/9のみ本堂を開放。それ以外の日は要事前連絡

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- 丹南
- 越前市
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- ホノケ山
- 山頂からは丹南の平野や敦賀湾・日本海が見え、自然が多く残る山として親しまれています。ホノケ山には昔、都や府中(越前市)へ異変を知らせるのろし台があったことから、常に火の気に気をつけたことが「火」が「ホ」に転化してホノケ山になったと言われています。塩…

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- 丹南
- 南越前町
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- 日下部太郎、グリフィス像
- 日下部太郎は福井藩からのアメリカ留学第一号の生徒でした。横井小楠寄留宅跡の目の前にある堤防に建つその銅像の隣には、留学先の大学の先輩で指導・親交があったグリフィス像が共に建っています。

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- あわら・坂井・福井市
- 福井市
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- 旧瓜生家住宅
- 元禄12年(1699)頃に建てられた旧瓜生家住宅は県内に現存する最古級の民家です。股柱を利用した独特の梁組みや下部を太く削り出した柱に特徴があります。薪がくべられたいろりの傍に座ると、神明社の静謐な雰囲気とともに当時の生活に想いを馳せることができます。

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- 丹南
- 鯖江市
- detail_1008.html