【福井駅周辺30分観光】新栄商店街を歩く。~歴史という名の前編~
昭和という言葉がよく似合う、と言っていいかどうかはわかりませんが、エキマエにおいて再開発の真逆を突き進み、唯一無二の存在となった商店街があります。「新栄(しんさかえ)商店街」です。いろいろと書いてみたものの、長すぎたので前編後編に分けてみました。まずはこの商店街がどう成り立っていったのかを。写真提供:まちづくり福井株式会社

宮田耕輔
福井のまちづくりをライフワークに、ギャラリーを運営し、まちあるきガイドを育成し、毎年映画を撮り、映画祭を開催し、時々超長文のブログを書いています。
https://fukuitown.fun

ロケ地としても最高な場所
街はいつも変わり続けています。新幹線が開業し、再開発も行なわれ、福井にも100m超のビルができました。新幹線はいろんな人を呼び寄せています。関東圏、海外、これまで来ることのなかったエリアからの観光客が増えています。
さらに今は、映画制作の人たちも増えています。次々に劇場公開予定の長編映画などが各地で撮影されています。かくいう自分も「ふくいムービーハッカソン」という市民参加型の映画制作プロジェクトを行なって、毎年エキマエにて短編映画を制作しています。この映画は「福井駅前短編映画祭」にて上映もされます。2026年は「ふくいムービーハッカソン」が9月19日〜21日、「福井駅前短編映画祭」が11月7日に開催されますので、映画に興味のある方、是非参加してみてくださいね。
さてさて、「ふくいムービーハッカソン」で毎年のようにロケ地になっている「新栄商店街」、今回はこのエリアをぼちぼち散策していこうと思います。ロケ地としてもいい感じなんですよ。
不死鳥の街と呼んだ福井
このエリア、再開発で新しくなっている福井駅周辺で、唯一と言っていいほど"リノベーション"に全振りしている商店街です。何故そうなのかというと、ある意味「福井の街の文化をそのまま残したい思いが強い場所」だからです。
現在の福井の街の姿は、第2次世界大戦&福井地震以降に作られました。それまでも福井駅周辺は人の営みの中心地でしたが、昭和20年の福井空襲、そして復興直後の昭和23年の福井地震でこのあたりは壊滅状態になってしまったのです。
それでも福井の人たちは諦めませんでした。空襲で無くなっても、地震で無くなっても、復興していきました。だから福井市は"不死鳥の街"と呼ばれていて、福井市民憲章は別名・不死鳥のねがい、メインストリートは「フェニックス通り」、大きなイベント会場は「フェニックスプラザ」といいます。
闇市から繁華街、そしてシャッター街へ
最初に言いましたが、街は変わり続けます。でも新栄商店街だけは変わらないままにいるのです。ヤミ市からスタートして、いつしか店舗兼住宅になり、人が住み始めました。復興から今までで新しくしたのは道路とアーケードにしたことであって、でもこのアーケードは昭和30年代後半〜40年代前半に作られたもの。つまり、"昭和な街"が今も残っているのです。
この街は元々が衣服や小物など、アパレル系のお店が立ち並ぶ場所でした。現在の繁華街・片町はかつて繊維産業の集積地で、その販売拠点的な立ち位置で新栄商店街は繁盛していました。人のすれ違いもままならないくらいだったそうです。
やがて21世紀になり、周囲が再開発を始め、郊外化が進み、福井駅周辺は何か寂しい感じになり、新栄商店街はゴーストタウン、シャッター商店街となっていきます。そしてあれだけ繁盛していた商店街は、名前さえ忘れ去られていきました。
シャッター街から奇跡の復活へ
そして約15年前に一つの種ができました。NPO法人きちづくり福井の拠点です。「つどう、つながる、たのしむ」をスローガンに、これまで人が来なかった場所に人が集うようになっていきます。
そこから徐々に個性的なお店が誕生していきます。アジア雑貨店、ボクサーパンツ専門店、革製品専門店、自衛隊用品店、チーズ専門店などなど。加えてインドネシアの方によるインドネシア料理店、アイルランドの方によるアイリッシュバー、カナダの方による英会話教室、周囲にはベトナムの方によるアジア食料品店と、ワールドワイドなカオス感たっぷり。
かつて衣料品販売のエリアだった商店街は今、飲食店街の様相を呈しています。コロナが明けたあたりから小さな飲食店が増えて、お昼の商店街というよりも夜のほうが盛り上がっている感じです。
この15年間でお店が出退店が繰り返され、計算していくと純増30以上という、昭和の、忘れ去られた街は、今や出店希望が相次いでいる奇跡の復活を遂げたのです。再開発でもない、建物が新しいわけでもない、完全リノベーションだけでここまで増えたことに感慨深いものがあります。
奇跡のような、忘れ去られた街の復活劇。これは行政主導でもありません。何かの補助金が大量に流れ込んだわけでもありません(今は違うけど)。ただただ純粋に「この街の雰囲気が好きだから」という一点のみで人は集まり、街は生まれ変わったのです。そのいきさつを詳しく聞きたい場合はご連絡ください。包み隠さず話していきます。
今回は誕生から栄枯盛衰の歴史を紐解きました。次回はその復活を後押ししていったお店やスポットを紹介していきます。






















