- 河濯山芳春寺
-
- 大日如来を本尊に祭っており、越前市で唯一の臨済宗大徳寺派の寺です。すぐそばを川が流れ、古くはこの川で身を清めてからお参りをしたことから、河濯と呼ばれるようになりました。通称「かわっさん」と呼ばれ、安産・病気快癒にご利益があるといわれ、お参りの人が絶…
- Loading...
- more
- 白山神社(池田町)
-
- 志津原の集落にひっそりと佇み、鳥居の前には樹齢何百年とも知れぬ杉とケヤキの巨木が寄り添う白山神社。江戸時代後期までは、能が奉納されており、盛んにおこなわれていたことを伝える古い能面、能衣装、小道具などがたくさん残っています。毎年2月17日に白山神社の…
- Loading...
- more
- 宝円寺
-
- 加賀藩初代藩主前田利家が保護した寺。墓地には利家の両親の供養塔があります。利家と武生のつながりは、北陸の一向一揆勢力を鎮圧した織田信長が、武生を中心とした地域を前田利家、佐々成政、不破光治の府中三人衆に治めさせたことに始まります。その後、利家は加賀…
- Loading...
- more
- 帆山寺
-
- ご本尊は千手観音。奈良時代の高僧泰澄大師の作と伝えられる秘仏です。33年ごとのご開帳で、近年では平成10年(1998)でした。この寺には、いろいろな仏様が祭られているので、ゆっくりと拝観したいです。たとえば、本堂に入ったすぐ左手に安置されている涅槃仏。後の壁…
- Loading...
- more
- 新宮神社
-
- イチョウの巨木が目を引く由緒ある神社です。敷地内にある長い階段を登ると、景色も楽しめる愛宕神社があります。毎年10月に催される例祭では、和田のまちなかで神輿や山車が巡行し、境内もにぎわいます。
- Loading...
- more
- 矢代観音堂 福寿寺
-
- 福寿寺本堂に安置の聖観音菩薩は、手杵祭の王女の姿を写したものと伝え、またこの観音菩薩は唐から伝来したものであるともいわれてきた。像高94.7㎝の坐像で、桧材をもちい頭、体部を一材から木取りし、三道部を割り放して首枘を設け、内刳りののち矧ぎよせた構造で、…
- Loading...
- more
- 長遠寺
-
- 単立の寺院。本寺は、水戸天狗党が降伏直後に収容された3ヶ寺のうちの1ヶ寺で、水戸天狗党90人が収容されていました。寺院での彼らの待遇は手厚いものでしたが、幕府に身柄が引き渡された後は、敦賀の舟町(現敦賀市蓬莱町)に並んでいた肥料用の鰊粕などを保管していた…
- Loading...
- more
- 長楽寺
-
- 仏師定朝の様式にならう阿弥陀如来坐像は金色に燦然と輝き、光背には9躯の飛天が優雅に舞っています。町内で最も大きな彫刻物で、多聞天立像とともに重要文化財に指定されています。
- Loading...
- more
- 苅田比売神社
-
- おおい町名田庄下の旧道をたどると苅田比売神社があり、本殿に向かって右側にムクノキ、スギ等が、左側にはスギ、サクラなどが見られ、ムクノキは県指定の天然記念物に指定されています。このムクノキは樹齢約300年で、幹周り7.5m、樹高約17mあります。木の高さ10mの…
- Loading...
- more
- 「芭蕉塚」天龍寺 境内
-
- 「物書きて 扇引きさく 余波哉」これは松尾芭蕉が「奥の細道」の途中、天龍寺に立ち寄った時に作った贈答句です。芭蕉塚は1844年に同好の人たちによって建てられました。
- Loading...
- more
- 正楽寺
-
- 若狭三十三か所観音霊場巡礼第32番の正楽寺は764年、僧・行基によって開山されました。本尊聖観世音菩薩は、行基が山中に霊木を得て自ら刻んで安置したと伝えられています。
- Loading...
- more
- 恵比須神社(須部神社)
-
- 奈良時代に建てられ、「若狭ゑびす」として知られている神社。商売繁盛、漁業の神と子供の守り神として県内外から多くの参拝者が訪れています。また朱塗の鳥居は町の指定文化財になっています。
- Loading...
- more
- 天龍寺
-
- 天龍寺は1653年に松岡の初代藩主松平昌勝公の命によって建てられた。昌勝公は祖母の死後、その魂の平安を念じ祖母への敬愛の情を表すためにこの寺院を建立した。寺の名前は一部この祖母(清涼)から、また一部は、最初の住職がそれ以前にいた寺の名前(天龍)から取られた…
- Loading...
- more
- 天満神社
-
- 平清盛の孫・平維盛は平家方の大将として戦い、今庄の燧ヶ城を舞台とした火打合戦で大勝しますが、倶利伽羅峠の戦いにて木曾義仲に敗れます。平家物語では入水し命を絶つ姿が描かれていますが、生き延びたという伝説も各地に残ります。福井市の美山地区である赤谷町に…
- Loading...
- more
- 五皇神社
-
- 立派な神門がある五皇神社は、継体天皇と応神天皇から継体天皇の父彦主人王までの5代の御神霊を祭っています。4月18日に行なわれる「ほうき祭り」は、きれい好きの神様のために、氏子がほうきを持って石段や境内を掃き清め、参拝するというもの。継体天皇が味真野にい…
- Loading...
- more
- 舟津神社
-
- 参道に立つ高さ約6.5mの大鳥居と半木半石でできた赤鳥居は江戸時代中期に建設された貴重な木造鳥居です。杮葺きの本殿は身舎背面に神座を設ける珍しい構造で、現存する神社本殿としては県内最大規模。
- Loading...
- more
- 龍門寺
-
- 禅寺らしい質実としたたたずまいですが、正徳元年(1711)の府中地図には敷地の南北が44間(約80m)、東西が50間(約90m)と記されています。開創は正安元年(1299)ですが、その後城が築かれ、府中南部の軍事上の拠点となりました。織田信長が朝倉義景攻めと一向一揆攻めのと…
- Loading...
- more
- 新田義貞公墓所(称念寺)
-
- 養老5年(721年)から続く歴史あるお寺です。南北朝時代の武士、新田義貞の遺骸が手厚く葬られ墓石が建てられています。また、称念寺には、鎌倉時代の国の重要文化財『他阿真教上人絵像』や、市文化財の『阿弥陀三尊像』等が残されている他、明智光秀夫妻が十年生活して…
- Loading...
- more
- 水生寺
-
- 水生寺の本尊として、厨子内に安置される十一面観音菩薩立像は像高99cm、寄木造の像です。面長で目鼻が大きく印象的な相好や装飾的な頭髪から、定朝を祖とする仏師の系譜である院派に属した、南北朝時代の仏師が造像を担当したと考えられています。また水生寺の開基は…
- Loading...
- more
- 大谷寺大長院
-
- 泰澄大師が開き、入寂された地で、平安後期から鎌倉時代に大いに栄えたといわれています。山裾に建つ国の重要文化財に指定されている石造九重塔は、泰澄大師の墓と伝えられています。
- Loading...
- more