- 万葉の里 味真野苑資料館 万葉館
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- 越前市・味真野は、平城の都からこの地に流された中臣宅守(なかとみのやかもり)と都で宅守を思う狭野弟上娘子(さののおとがみのおとめ)の悲しい恋の歌の舞台として知られています。また、万葉集を代表する歌人・大伴家持と大伴池主との間で交わされた歌にも、越前市が…
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- 戌山城址
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- 南北朝~戦国時代の斯波氏・朝倉氏などの居城で、福井県内有数の規模を誇る堀切や竪堀、郭などが見られる山城です。
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- 橋本左内宅跡
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- 福井藩の幕末の志士 橋本左内は、1834年(天保5年)にこの地に生まれました。跡地には産湯を汲んだ井戸、大正13年に皇太子殿下(昭和天皇)行啓を記念して建てられた「常盤の井」の標石が保存されています。「稚心を去る」「気を振う」「志を立つ」「学を勉む」「交友を択…
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- 横山古墳群
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- 多数の前方後円墳を含み、総数約300基の古墳からなる北陸最大級の古墳群です。古墳群の中で最大の大きさの神奈備山古墳(かんなびやまこふん)からは、金環・ガラス小玉の装身具や、鉄刀・鉄鏃などの武具類の副葬品が見つかっています。
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- 新田義貞公墓所(称念寺)
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- 養老5年(721年)から続く歴史あるお寺です。南北朝時代の武士、新田義貞の遺骸が手厚く葬られ墓石が建てられています。また、称念寺には、鎌倉時代の国の重要文化財『他阿真教上人絵像』や、市文化財の『阿弥陀三尊像』等が残されている他、明智光秀夫妻が十年生活して…
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- 穴馬総社
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- 九頭竜ダム建設のため、多くの村落が水没しましたが、穴馬地区の神社を合祀した「穴馬総社」は、その名前から競馬ファンに人気の場所になっています。春の桜、夏の緑、秋には色鮮やかな紅葉と四季の美しさが九頭竜湖を彩ります。
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- 朝倉義景墓所
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- 義景公園内にあり、あたりは桜の名所としても有名です。室町から戦乱の世にかけ、5代103年間にわたり栄華を極めた朝倉氏。越前の守護大名だった義景は、織田信長との戦いに敗れ、支族の朝倉景鏡の反逆にあい、六坊賢松寺で自害しました。
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- 本妙寺
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- 永和2年(1376)創立、開山は日敬。元亀年間の兵火にあい、天正18年(1590)に敦賀城主大谷氏より寺地を拝領し、宝泉町から上島寺町に移転しました。 本寺は、水戸天狗党が降伏直後に収容された3ヶ寺のうちの1ヶ寺で、武田耕雲斎の次男である武田魁介ら346名が収容されて…
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- 美浜町歴史文化館
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- 美浜町歴史文化館では、縄文時代まで遡る先人達によって生み出された多くの文化財、歴史・文化に関する資料などを収集・保存し、また調査研究し、公開・活用を図ることなどを目的に開館。美浜町の歴史と文化を町内外に広く情報発信しています。
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- 清雲寺
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- 鎌倉時代に作られた勇壮な毘沙門天立像は鬼気迫る厳しい表情が特徴。脇侍に吉祥天立像・善膩師童子立像があり、3躯とも重要文化財に指定されています。
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- 常宮神社
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- ご祭神は、氣比神宮の仲哀天皇の妻・神功皇后で、「お産の常宮さん」としてあがめられています。毎年7月22日には、仲哀天皇のご祭神が船で海を渡る「総参祭」という全国的にも珍しい神事があり、国宝「朝鮮鐘」が安置されています。
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- 国分寺 (小浜市)
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- 若狭国分寺は、奈良時代に聖武天皇の勅願で全国に建立された国分寺のひとつで、国の史跡に指定されています。釈迦堂には、大きな釈迦如来坐像が、薬師堂には鎌倉時代の作の木造薬師如来坐像が置かれています。
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- 越前和紙の里 卯立の工芸館
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- 卯立(うだつ)屋根のめずらしい様式で、和紙の里にふさわしい雰囲気を醸し出しているこの工芸館では、昔ながらの道具を使って和紙を漉く伝統工芸士の技を見学できます。職人は良質の和紙を造るため、身を切るような冷たい水で紙を漉きます。手漉き職人の緊張の中にも温…
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- 白山神社(池田町)
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- 志津原の集落にひっそりと佇み、鳥居の前には樹齢何百年とも知れぬ杉とケヤキの巨木が寄り添う白山神社。江戸時代後期までは、能が奉納されており、盛んにおこなわれていたことを伝える古い能面、能衣装、小道具などがたくさん残っています。毎年2月17日に白山神社の…
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- 越知神社
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- 越知山の山頂付近は、かつて神仏混合の山岳霊場だったといわれています。頂上の三角点付近には、奥の院や、大師堂、社務所、日吉神社、本殿、拝殿があり、この本殿が越知神社にあたります。越前五山の一つとして、信仰を集め、白山を開く前の泰澄が修行をしていたとい…
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- 善慶寺
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- 善慶寺は福井が生んだ幕末の偉人 橋本左内 の菩提寺です。善慶寺・妙経寺は江戸時代以前は、現在の一乗谷にありましたが、朝倉氏の滅亡後、現在の場所に移転しました。幕末に橋本左内を輩出した橋本家の菩提寺であった善慶寺は妙経寺と統合し、以来、橋本左内の菩提所…
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- 湯尾峠
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- 湯尾峠一帯は、古くからの交通の要所で、源平合戦、南北朝時代の合戦、一向一揆の戦いなど度々戦場となった場所でもあります。天正6年(1578)、柴田勝家が北国街道を整備した際に改修が加えられ、現在の峠道になったといわれていますが、木曾義仲が京へ攻め上げる際…
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- 馬借街道
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- 明治時代まで、北前船と並んで交通の重要な役割を果たしていたのが、府中(武生)と河野を結んだ「西街道」通称「馬借街道」です。馬借とは、室町時代に発達した、馬の背を利用して物資を輸送した運送業者のことで、交通の要であったといわれています。道中は難所も多く…
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- 城福寺
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- 真宗出雲路派の寺院で、庫裡の南側に庭園があり、国の名勝に指定されています。日野山系の山並みを借景とした山水庭園で、萱葺の茶室「雲山亭」と小間の茶室「一相庵」があります。左方奥部の推定樹齢400年の柊の大木の下の小築本に尊石が据えられています。城福寺は…
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- 真柄十郎左衛門直隆の墓(興徳寺)
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- 「朝倉始末記」「信長公記」「明智軍記」にも登場する越前朝倉家の家臣 真柄十郎左衛門は、越前味真野真柄(現在の越前市)に居館を構えていました。弟・直澄と子・隆基ともに豪傑で知られ、越前の刀匠「千代鶴国安(越前打刃物の祖)」が作った大太刀「太郎太刀」を使用…
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